建設業、設備工事、ソフトウェア開発など、受注から完成まで時間のかかるビジネスでは、いつ売上を計上するかが経営数字を大きく左右します。2021年以降は新しい収益認識基準の適用が前提ですが、従来の「工事進行基準」に相当する進捗に応じた収益認識(進捗基準)の考え方は今も重要です。本記事では、中小企業の経営者向けに、会計と税務の要点・実務導入のチェックリスト・仕訳例まで一気通貫で解説します。
工事進行基準とは?(工事完成基準との違い)
基準 | 売上計上のタイミング | メリット | デメリット |
---|---|---|---|
工事完成基準 | 完成・引渡し時に一括計上 | 処理が簡単、説明が平易 | 長期工事だと各期の実態と乖離・利益が期ズレ |
工事進行基準(進捗基準) | 進捗率に応じて各期に分割計上 | 各期の実態に近い損益把握、赤字の早期把握 | 原価管理・進捗見積の制度設計が必要 |
ポイント:収益認識基準の枠組みでは、一定期間にわたり履行義務を充足する契約に該当すれば、従来の工事進行基準と同様に進捗に応じて収益認識できます。
新収益認識基準における考え方(実務要約)
- 履行義務の充足に応じて収益を認識。工事・開発などの長期契約は「期間にわたり充足」タイプに該当しうる。
- 進捗度の見積りが合理的であること(原価比例法・出来高法など)。
- 契約変更・増減工事・資材価格変動等があれば、見込収益・原価の見直しを適時反映。
税務(法人税基本通達)の押さえどころ
国税庁「法人税基本通達(工事の請負に係る収益及び費用の帰属時期)」では、長期大規模工事について工事進行基準の強制適用が定められています(例:工期1年以上、請負金額が一定以上 等)。中小企業であっても、合理的な進捗見積と原価管理が前提です。
進捗率の算定(原価比例法)
もっとも一般的な算定式:
進捗率 = (決算日までに発生した工事原価) ÷ (工事原価の総見積額)
当期工事収益 = (契約総額 × 累計進捗率) − (前期までの計上済収益)
仕訳例(3年工期のモデル)
前提:契約金額 10,000,000円、見積原価 7,000,000円(累計利益 3,000,000円想定)
【1年目】着工・原価発生(累計原価 4,200,000円 → 進捗率 60%)
- 進捗率=4,200,000 ÷ 7,000,000=60%
- 累計収益=10,000,000 × 60%=6,000,000円(当期計上額も6,000,000円)
内容 | 借方 | 貸方 |
---|---|---|
原価の発生(材料費・外注費 等) | 工事未収入金 4,200,000 | 材料費/外注費/労務費 等 4,200,000 |
工事収益の計上(進捗60%) | 工事未収入金 6,000,000 | 工事収益 6,000,000 |
当期原価の認識 | 工事原価 4,200,000 | 工事未収入金 4,200,000 |
当期粗利:6,000,000 − 4,200,000 = 1,800,000円
【2年目】さらに進捗(累計原価 6,300,000円 → 進捗率 90%)
- 当期追加原価 2,100,000円 → 累計進捗率90%
- 累計収益=10,000,000 × 90%=9,000,000円 → 前期計上6,000,000円との差額3,000,000円を当期計上
内容 | 借方 | 貸方 |
---|---|---|
原価の追加発生 | 工事未収入金 2,100,000 | 材料費/外注費 等 2,100,000 |
工事収益の追加計上 | 工事未収入金 3,000,000 | 工事収益 3,000,000 |
当期原価の認識 | 工事原価 2,100,000 | 工事未収入金 2,100,000 |
当期粗利:3,000,000 − 2,100,000 = 900,000円
【3年目】工事完了・引渡し(累計原価 7,000,000円 → 進捗率 100%)
- 累計収益=10,000,000円 → 前期まで9,000,000円計上済 → 当期は1,000,000円を計上
内容 | 借方 | 貸方 |
---|---|---|
最終原価の発生 | 工事未収入金 700,000 | 材料費/外注費 等 700,000 |
工事収益の最終計上 | 工事未収入金 1,000,000 | 工事収益 1,000,000 |
完成・引渡し時の振替 | 売掛金 10,000,000 | 工事未収入金 10,000,000 |
3年間合計粗利:10,000,000 − 7,000,000 = 3,000,000円
(参考)工事損失が見込まれる場合
将来赤字が見込まれると判明した時点で、見込損失を工事損失引当金として計上:
内容 | 借方 | 貸方 |
---|---|---|
見込損失の計上 | 工事損失引当金繰入 〇〇円 | 工事損失引当金 〇〇円 |
導入チェックリスト(中小企業向け)
- 対象契約の選定(長期・大型のみ等、範囲の明確化)
- 進捗率の算定ルール(原価比例法/出来高法)の統一
- 工事台帳・案件別原価管理の運用(システム化を推奨)
- 契約変更・増減工事・価格変動の反映プロセス
- 赤字案件の早期検知と工事損失引当の運用
- 会計と税務のズレ(税効果・CF影響)のモニタリング
まとめ:経営の「見える化」につながる会計設計を
工事進行基準(進捗基準)は、単なる会計手続ではなく、経営の見える化ツールです。各期の実態に即した損益を把握し、赤字案件を早期に検知することで、資金繰り・価格交渉・人員配分といった意思決定の精度が高まります。まずは対象案件の選定と原価・進捗管理の整備から着手しましょう。